shinmaimanaのブログ

作業療法士で左片麻痺の障がい者でもあります、両方の視点を持つからこその事が書いていければと思います。

『うらみちおにいさん』を読んで唐突に発症当時を振り返ったり

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『うらみちおにいさん』って漫画があるんですがね。

『「あきらめたらそこで試合終了ですよ」って安西先生も言ってたじゃないですか!』に対して『あきらめても終わらせてもらえない試合もあるんだよ、人生とか』という、うらみちおにいさんの切り返しに不覚にも大笑いしてしまった。

で、その後で少し考えた。

いやあ、サクッとあきらめて終わらせてもらえるならどれほどありがたいかと思ったりしますよね(残念ながら?当時、多少の反骨精神の持ち合わせは私にも有ったようでした)。

30代前半で半身が麻痺した身としては、それまでに積み上げてきたものはアッサリ一瞬で取り上げられたうえで人生の難易度は一気にベリーハードまで上げられてるんですから、ホント無理ゲーですよ。

今倒れた当時(8年程前)の事を思い出すと逆に何であきらめてしまおうと思わなかったのか不思議に思ったりします。

意外に当時は、絶望やらあきらめとかマイナスの思考はしていなかったんですよ。

逆にやる気だけは妙に有りました、周りの心配をよそに、根拠もなく「負ける気がしねえなあ」とか思っていたような。

今になって、振り返って冷静に当時を振り返ると絶望的って言っていい状況だったな~なんてのんきに考えてみてたりします。

『神は乗り越えられない試練は与えない』って言葉がありますが、あれって正確にはヤバい状況の時には深く考える余裕を与えないって事なのかなと勝手に思ってみたり。

生存のために必要な機能を最優先して最適化した状況下では、体が何とか生きようと、恒常性(ホメオスターシス)働かせていたんですね。

要らん事を考えている余裕は与えられていなかったのでしょう。

人間良く出来ているものです。