shinmaimanaのブログ

作業療法士で左片麻痺の障がい者でもあります、両方の視点を持つからこその事が書いていければと思います。

商品の背景に思いをはせて質を見れるようになりたいって話でした。

サイクルの短い流行りものの服を着ましょう、流行りの食べ物はこれですよなどなど、テレビ番組なんかのメディアはこれでもかとばかりに連日放送します、考えてみればそれも当然ですね、スポンサーがいますから。

https://tabi-labo.com/223953/cheap-clothes

上URL様はファストファッションについてですが、ちょっと悲しくなるような記事でした。

靴にしてもヨーロッパでは、何度も修理して長く履く文化が根づいているそうです。

https://shoes-box.net/AI0001633

上URL様は靴修理のリペア職人さんについてです、私は脚が不自由になって以降革靴は履けないのですがこの考え方は良いなと思いましてね、単にモノを大事にではなく、好きなモノを修理して大切に長く使うって良いですよね。

 

メディアが消費をあおるのは当然、それに対しての反骨精神で自給自足の生活をするというのも効率の悪い話です。

shinmaimana.hatenablog.com

 上記事で給料の決まり方についてこの年になって知りましたと書きましたが、労働力の再生産に必要なコストが給料となるのだから、製品の生産にかかるコストを人件費の面で抑えようとすれば最初のURL様に有ったように途上国で雇用して生産する形になり、多くの負担を強いる事になる(なっている)のですね。

流行りものも程度のよるのでしょうし、コストパフォーマンスを追求するのは悪い事ではないと思うのですが。

 

ただ、以前に池上解説という番組でも言ってましたが、選挙券と日本銀行券を上手に使って自分の意思表示をしていきましょうと、←ネットで探したけど見つけられませんでしたが、心に残った言葉だったのでこのような言葉であったのは確かかと思います。

ショッピング カート, ショッピング, クロム鋼, 購入, あえて, クロム

知りたい、欲しい情報も望めばすぐに手に入る時代ですし、テレビの広告としての力も弱まっているとも聞きます、何を買うかにあたって慎重に、商品とそれを生産した企業に日本銀行券を投票する感覚でお金を使う事も有意義な事なのかと思います。

 

値段は数値化されているので実にわかりやすいですが、これからは商品の生産された背景に思いをはせて質を見る目を養っていきたいと思う昨今でありました。

 

 

40過ぎまで給料の決まり方について知らなかったって話しです。

人生格差はこれで決まる働き方の損益分岐点 小暮太一著 講談社+α文庫』についてですが。

この本、のんびり時間をかけて楽しんで読みましたが。

自分が理解していなかったこと。

カン違いしていたことがたくさんありました。

 

私がこの本を読むまで大きくカン違いしていた事の中に。

給料はなぜその金額なのかという項目がありました。

給料はそもそも努力や成果がベースではなかった。

(もちろん、会社によってはあげた成果以外はみないで給料が決まる所も有るかもしれませんが、それはそれで大変そうですね。)

 

経済学的に見れば労働力も商品と考えられる。

では、何が給料のベースに?→明日も同じように働くために必要な経費のみであり、

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給料の正体は

労働力を再生産するために(明日も同じように働くために)食事をとらなければならないので、会社は食事の分だけ給料としてお金をくれる。

労働力を再生産するために(明日も同じように働くために)休息をとらなければならないので、会社は家賃の分だけ給料としてお金をくれる。

労働力を再生産するために(明日も同じように働くために)衣服を着なければならないので、会社は洋服代の分だけ給料としてお金をくれる。

このように考えると、労働者は明日も同じように働くために必要な分しかもらっていないとなります。

また、社会一般的に「ひと月に数回は飲みに行かないとやってられない」と考えられていたとしたら、その飲み代も必要経費として給料に上乗せされます。

私たちの給料はこのように必要経費の積み重ねによって決まっている。

とありました。

必用経費を支給してもらっているのですから、月末にいつの間にかお金がない状態も納得です。明日も同じように働くために必要最低限しかもらえていないのですから。

↑資本主義の仕組みおそるべし、高給をもらっている人でも私のような薄給でもこの給料の仕組みは一緒って事のようです。

 

徹底してそうなのだとするなら身も蓋も救いもない話ですが、例としてあげられていた通勤手当がわかりやすかったですが、通勤手当として10000円支給されていたとしてうち5000円通勤に使ったなら残り5000円はうく計算になります。

社会一般的にそう考えられている為必要経費として給料に上乗せされているものも、あくまで社会一般的になのでそれを超えて使うも抑えて使わないも自分次第なのですね。

周囲に流されるままに支給された給料を使っていればいつの間にか月末にお金がないって状況になるのも納得って話しでした。←資本主義、計算されつくされ過ぎてて、私は正直恐ろしいと思いましたさ。

 

方言と認知機能テスト

私の住んでいる地方はえげつないくらい方言がきつい事で有名な地方です。

いゃ、まぁ、青森県津軽地方なんですがね。地上波のテレビ番組で地元の人がでると必ず字幕が付く『津軽弁』を使う地方です。

私自身、子供の頃、親戚の不幸のため他県に電車で行った際、電車内で何も考えずにいとこと津軽弁で話していたら、指をさされて「外国人だ」と言われた事を強烈に覚えてます。

youtu.be

上の津軽弁で会話している動画は100万再生なのだそうです。

難しいとコメントされていましたが。

私は、すべてとまでは言わなくてもだいたいの内容は理解できます。

ついでに言えば、この会話に途中参加する自信も有ります。

 

津軽弁がキツイ方とコミュニケーションをとる場合、地方でも放送されているテレビ番組なんかは当然標準語なわけですから標準語で話しかけた内容は普通に理解していただけます。

問題になるのはヒアリング能力面ですね。

男, 女性, 疑問符, 問題, 雲, 言葉の雲, 抽象的な, 対話

ちなみに私の勤務しているデイケアでは上動画レベルの津軽弁があちこちで飛びかいます。

ちなみに年齢層も高いので聴力的にも低下している方も中にはいて、場合によっては意思疎通に全身全霊を注ぐ必要があったり、なかなかの緊張感です。

 

業務でも認知機能テストは重要だったりしますが。

長谷川式認知症スケール 下に書式

https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/pdf/tool_05.pdf

MMSE 下に書式

 http://www.shizuokamind.org/wp-content/uploads/2013/10/MMSE.pdf

等のスケールを用いた検査は、おそろしく時間がかかる場合もあります。

時間かけて話をうかがう中からみえてくるものは多いですから。

時間が有る時は許す限りお話をうかがうようにしていますが、質問形式が指定されている形式に則った認知機能テストなんかの場合はいかがなものか『この答は正答なんだろうかと?』と方言で迷う事も多かったりします。

重要なのは認知機能の、どの部分が保たれていて、低下しているのはどこかを把握したうえで、

生活上どう影響しているか照らし合わせて理解する事ですから、

点数自体には固執する必要はないのですがね。

とまぁ、利用者さんが話している内容が理解出来ないとその方の認知機能を正しく把握するのは難しくなりますので、その地域の方言のヒアリングは重要になりますなって話しでした。

謝恩会って必要ですかね?って話しでした。

長男が小6になってこの時期になると、様々な場所で父兄の間で謝恩会の話題が出たりします。

ふと、思い出したのは以前に読んだ『お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人 吉村葉子著 講談社文庫』という書籍の事でした。

上の書籍では、フランス人は義理にお金は使わないとありました。他にも教育関連についても文化によってずいぶん違うものだと思ったものでした。私の読後の印象ですが、フランス人は文化的に徹底してスマートに合理主義なんだなと思ったものでした。

 

で、話は戻りまして、

そもそも謝恩会ってなんの為のモノなんでしようね?

学校の先生は公立であれ私立であれきちんと仕事の報酬をもらっているわけで。父兄が何かする必要はあるのですかね?

とはいえ、うちの子は余計に手がかかったよな〜、先生には本当に感謝だわ〜って思うなら有志父兄だけで企画すりゃ良かろうにと思ったり。

卒業するヤンキーの先生に対するお礼参り的な仕返しの不満ぶちまけ大会?

それともその逆の素直に感謝のありがとう会?

親同士の仲間外れは嫌なんですけど~っていうみんな仲良く懇親会?

 

主目的はどこにあるんでしょう?私には本当にわかりません?

先生の身になってみたら、卒業生を送り出して一仕事やり終えた状態なのでしょうから、親に気を使ったりしないで落ち着いて一人静かに感慨に浸りつつ一杯飲みたいところでしょうに。

 

私は作業療法士の臨床実習で学生サンの指導をしたことが数回ですが有ります、実習終了後の打ち上げの飲み会などは私はやらなかったですね。←自分が学生の時は打ち上げしてもらったんですがね。

気を使わせるより、早く帰らせて休ませてあげた方が良いと思ったからなんですがね。

 

慣例として続いているからではなく、謝恩会その他、意義のあやしいものは見直すべきなのかもと思う今日この頃です。

 

氷の上に鷺が立っていたって話でした。

下画像は鷺と思われます、近年、田んぼなんかでよくみかけるように思いますが、氷の上に立っているのを見るのは珍しいと思いましてね。

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しかも何羽も。弘前公園の凍った堀の上に立っていましてね、珍しくて仕事に行く途中だったというのにしばらくボンヤリ見てました。

 

ジィーッと見てたら少し飛びました、何かを狙ってた?

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別の子もいた。

鷺って何を食べるのかなと気になって、下URL様みてみました。

http://sizenkansatu.jp/07daigaku/index_s2.html

鷺って頭のいい鳥みたいですね、上の画像の場所カラスの巣が多い事で、地元住民には有名な場所だったりもするので、私はこの場所のエサはカラスが食べつくしちゃって、もう食べ物は無いのではと思いつつ見ていたわけですが、

 

同じ場所を何かを考えているようにジィーッと見つめて、

狙いすましたように一点を目指して飛び立つ鷺は、カラスとは異なる獲物を獲る手段を持ち合わせているように思わせました。

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この堀には外来種アメリカザリガニも多くいるのですが、アメリカザリガニは穴に隠れて越冬するみたいなんですよね、見つけて食べちゃってくれないかな~と、そんなことを考えました。

ふるまいに気をつけるなら自信は勝手に持ってしまった方がお得?ってな話でした

基本的に私は自分に自信が持てないというのはなぜだかしれませんが昔からあります。

こればかりは困ったものです。左半身が麻痺してしまったのと同じで、何でか原因を考える事にも意味は有る様に思いますが、そうであるものはそうなのですからどう対応するかの方が重要なように思えます。

若い頃は、ゆえにいろいろな努力を積み重ねてきたように思います。

 

小学生から空手の町道場に通っていたのですがそこでは、体格が良かった事も有ってか小学高学年の頃は高校生と組み手をしていました。(今にして思えば、体格に恵まれていただけにそれだけでさほど苦も無く優位にたてる同年代と組み手をするより、年上と組み手をした方が得るものははるかに多かろうという先生の配慮だったのかと思ったりします)

 

本業関連で言えば新卒での就職二年目で、当時その地域でだれもやっていなかった訪問リハを専属でやったりして、ある程度の実績は作れたと自分でも思います。

 

あれこれ必死で努力しても自信なんて伴ってついてきたりはしなかったり。

 

基本的に私はいつも笑顔でいるようにしてます。

スマイリー, 絵文字, 幸せ, 顔, アイコンを, 良い, 記号, シンボル

というのも、これは子供の頃から大きかった私の処世術のようなものです。

人は自分と違うものを見つけては攻撃したいものであるようですからね。

その、自分が「自分達」になるとまぁ厄介ですね。

私は『糠に釘』、『のれんに腕押し』という言葉が好きです。

私を気に入らない人は必ずといっていいほどどこに行ってもいます、

基本的に誰かの誹謗中傷も攻撃も私は響かないふり、聞こえないふりで相手が疲れ切るのを待ちます。

笑顔で『そうなんですね~』と対応して自分の仕事にのみ専念、集中します。

さすがに他にもストレスを抱えていてメンタルがまいってた時には、その職場を辞めるつもりで腹をくくって一回きちんとお話した事も有りました。

当然、仕事を辞めても良いかと奥さんに相談したうえでですが。

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 上記事でも書きましたが誰も損をしない上手なキレ方を身に付けるというのは大事なように思います。

ため込んだあげくに自分の損失も顧みないで自爆的にキレる、セロトニントランスポーターが少なく幸福感が得られにくいうえに、自分の仕事の達成感にのめり込むタイプの私のような人種は、追い詰められると。

キッチリ下準備した上で、唐突にブチ切れたようによそおって自爆的にやらかしますから。

いやあ、私が同じ職場にずっと努められない傾向が有るのもこの辺が理由かな~と思ってみたり。

下URL様はセロトニンセロトニントランスポーターについてです。

http://next49.hatenadiary.jp/entry/20151130/p1

 

今まで宮沢賢治の『雨にも負けず』スタイルで皆にデクノボーと呼ばれ、ほめられもせず苦にもされず、そういうものに私はなりたい でやってきましたが。

この謙虚な姿勢はそのまま、ていねいに日々生活しているなら勝手に自信を持って良いのかなと思うこの頃です。つくづく上手なふるまい方を私は学ぶべきですね。(不遜にみえるふるまいをするなら逆にトラブルをまねくのでしょうが)

 

アレコレ積み重ねてきても、それを失うときは一気に失います。

それまで積み重ねてきたものを失ったからからといってそれから先、コッソリ隠れるように暮らさなければいけない道理もないですし。

根拠が有ろうが無かろうが自信が有る様にふるまえば、自信なさげにふるまうより避けられるトラブルは多いように思います。

自信をもってていねいに生活して不要なトラブルは回避し、起こったトラブルに対しては相手も自分も傷つかない上手な回避方法を学ぶのが対人関係で疲れないbetterな方法なのかなと無駄な紆余曲折の結果、現在思うところでした。

町内の集まりな話です

私の住んでいるいなかでは、ご町内で集まっての新年会が年明け早々の日曜にありました。

しかも毎年けっこう参加者がいます。

というのも、ただ、町内で集まって食って飲んでな集まりって以上に、有意義な機能が有るから人が集まるんだな~などと、参加しながら考えました。

というのも、お酒も出されるが体の為にはひかえねばと、飲みの場には参加しないようにして自制しつつ一人あれこれ考えていた訳ですがね。

 

子供連れで一家での参加も多いので、冬休みの子供たちは参加すれば仲のいい友達が何人もいて毎年楽しそうだったりします。

 

昨年は災害の多い年でしたが、いざ水害があった時、この地区の場合は具体的にどこに避難するべきか?という場所を町内の新年会の場で具体的に水害の場合は数か所避難場所の候補をあげて教えてくれたり。

家族内で話す機会は有りましたが、地理的な高低差を考慮して水害時の避難場所についてなどはなかなか機会がないと考えませんからいい機会をもらいました。

 

同じ町内に住んでいるご近所さんの事、意外に機会がないと知らないものだったりしますよね。

町内の新年会に新規参加の家族さんを簡単に紹介したりしていましたが、堅苦しくなく軽くでもこんな機会が有るのは地域に引っ越して来たばかりの家族さんなどには良い事なのかなと思ったり。ただでも、青森は方言がきついので他県から来た人は話しかけにくいともっぱらの評判ですし。

町内にシェアハウスが有って、若い人達がたくさん住んでるなぁとは思っていたのですが。詳細を聞いてみるとそこは地元サッカーチームのシェアハウスで住んでたのは選手候補の皆さんだったと知って驚いてみたり。

https://www.blancdieu-hirosaki.com/

せっかくなので上にぶらブランデュー弘前オフィシャルサイトURLを。

 

 過去にちょっとした不審者騒動(下記事)なんかも有ったうちの町内ですが、こんなご近所さん同士の交流機会は地域防犯上の果たす意義も大きいのではと思ったりもしました。

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 これからも、単なるおっさん、じいさん達の飲み会にならずに現在の有意義な集まりとして継続して欲しいと願うばかりです。

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