shinmaimanaのブログ

作業療法士で左片麻痺の障がい者でもあります、両方の視点を持つからこその事が書いていければと思います。

これから未来への投資がしやすくなる?

赤ã¡ãã, å°å¹´, ãã¥ã¼, èã, é, å­ä¾ã®é , èåç», 人ã, å­ä¾

高齢化社会、必然的に高齢者優先の政策打ち出さないと当選しない。と子供達は、未来への投資は後回しになりがちなように思っていました。

いろいろ読んだり考えたりしていましたが、これからはちがうのかもしれないと思うようになりました。

本を読み直していたら面白いものを見つけまして。

オバマ前大統領が2012年に再選を果たした際にCNNに《変革とは、どんな年代の人でも、良質な職に就くための技能と教育を得られる国にすることだ。私たちは銀行が数十年間にわたって学生ローンに過重な金利を課して状況を改め、大学に進学する数百万人の費用負担を軽減した。

今後は高技術、高賃金の雇用が中国に流れないよう、数学と科学の教師を10万人採用し、コミュニティ・カレッジでは地域産業界がまさに今必要としている技能の訓練を、200万人の労働者に提供する。》と寄稿されているそうです。

あらためてすごい先見の明ですね。この文章を読んだだけで現大統領と格が違うように思ってしまいました。

いやまぁ、現大統領もどこかの総理がノーベル平和賞に推薦したほどの方なのですから、すごい方とは思いますよ。

 

何が言いたいのかというと、この寄稿文が日本の現状にも当てはまる部分も多いように思えて仕方がないのです。

日本でも奨学金返済についての問題は大きく取り上げられて現在も解決していない問題ですね。

投票率の高い高齢者に受けが良い事を言わないと選挙で当選できない政治家さん。

教育にこそお金を使っていかないと、優秀な人材は育っていかないのは明白なんですがね。当選出来なきゃどうにもならないですね。

世界的に問題なんですかね、未来への投資がしたくても出来ないってのは。

さらには、米中関係の現状も予見していたかのようですね。

ルールを守らない『中』にも、巨大資本の『米』とも争って勝てはしないのでしょうし、なら『どうにか仲良くやっていく道を探る』一択のように私のような凡人には思えます。あと、有望なインドとも仲良くすべしってのは大事なように思えますね。

難民問題で世界情勢が何かと不穏ですから、今のような状勢の時こそ大国の指導者さんがオバマ前大統領みたいな方だったらな~と思った次第でした。

 

結論ですが。

 いろいろな仕事をAIが補ってくれるようになって、日本は世界に先駆けるように高齢化か進んでいますが、見方を変えれば相対的に、子供の比率は少ないので、貴重となります。

ゆえに、教育に投資しやすくもなりますね。

未来への投資がしやすくなる社会ってのはうれしいかぎりです。

落合陽一氏の本で読んだのですが、高齢化社会も悪い事ばかりではありませんね。

 落合陽一氏の著書は学術的なのに熱量伝わってきて読んでいて楽しいです。 

shinmaimana.hatenablog.com

 

時には戦略的にキレる事も重要性かと

 boy in black shirt

起こるべき時は怒った方が良いのかなと思いました。

『キレる!脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』 脳科学者中野 信子著 小学館新書

脳科学者中野 信子氏の著書は好きでよく読ませていただくのですが。

上の著書の中でいい人でいたいと思う人は、グローバルスタンダードでチップを増やすゲームの中では、確実にカモにされてしまうでしょう。

ただ負けるだけでなく、「あの人からチップを取ろう」とターゲットになり、搾取の対象とロックオンされてしまうのです。

残念ながら現在は、ポーカーに限らず、海外では「日本人=カモ」という概念が定着しているふしがあります。

何をされても言い返さず黙ってニコニコしているからです。とあります。

ついには。↓記事の『日本人はちっこい』発言のように

http://blog.esuteru.com/archives/9320174.html

一国の大統領ですらも日本人に対しての認識は、どうせ日本からは抗議なんてされないだろう、問題にされたりなんかしないって感じなんですかね。

自国に日系人を多く抱えている国の大統領ですらこんな認識なんですねと思ってしまいました。

明確な侮蔑に対してはせめて発言の意図するところが何なのかぐらいは説明を求めていいのでは、日本人には何言っても良いと思われかねません。

上の脳科学者中野 信子氏の著書でも戦略的にキレる事の重要性について書かれていました、重要かと。

 

習い事としての空手のイメージは、学校の先生にはかなり良くない?

 

f:id:shinmaimana:20190617190826p:plain

 

小学四年生の長女が空手を習っております。

父親の私も小学三年生くらいから流派も先生も違うものの8年程、町の道場に通っていました。

私は身長178㎝で比較的でかいです。

私の空手の先生は道場の維持費だけを月謝として500円取っていた、30年程も前の事とはいえ完全に非営利で道場を営んでいた、本業が高校教師のかなりの人格者でした。

 

なので、私は空手に対してポジティブなイメージしか持ち合わせていませんでした。

悩みもせず子供たちがやってみたいと言った時、空手の道場に通わせ始めました。

意外にも体格的に恵まれている長男は、あまり気が乗らなかったようですぐに辞めました。

ところが長女は合っているのか、もう何年も続けています。

娘は私と違い細身で小柄です。

長男にしても長女にしても、面談で担任の先生と話したりする機会が有ると複数回『空手やってるから』、『空手やってたから』とっさに手が出ちゃったんじゃないかな等言われました。実際手を出したかどうかの真偽はさておきといった感じでこのような物言いはいかがなものかと思ってしまったり。先生の推測前提からの生徒間トラブル解決の材料にされる場合が有りますって事です。

基礎トレーニングしかやってない段階ですぐに自分には合ってないとみきりをつけて辞めた長男に至っては空手経験者とはとても言えないかと思います。

どんなもんなんでしょうね?

空手がオリンピック種目になっても、学校の先生の考え方としては。

空手を習っている子、空手を習わせている親は要するに

好き好んで暴力的な事をしに道場に行っている子、好き好んで暴力的な事を子供にさせている親。

てな感じの認識なんですかね。

習い事ややっているスポーツで子供自身を見ないで良くないイメージを持つのは、えらく前時代的だな~と思いましてね。

当然すべての先生が偏見寄りの見方という訳では有りません。見識の広い色々なタイプの子に対して理解のある先生はこんなおかしな固定観念に凝り固まった見方はしないようです。

というのも、娘の今の担任の先生が非常に娘の特性その他色々な面に対しても理解が有る良い先生で、今まで担任の先生に恵まれなかっただけに娘共々感謝しているからです。

 

以下補足的な内容ですが。

スポーツとしての空手には良い面が多く有りますよ。

体幹が強くなる

 特に蹴り等の脚技では上手く目標に当てるには、支えている脚の筋力、体幹の筋力は必然的に鍛えられます。

・積み重ねの鍛錬の成果の実感

 実感しにくいい鍛錬も習慣化して時間をかけて取り組めば大きな成果になるというのが理解できます。

・他者承認欲求より自己承認欲求に目が向きやすくなる

 そもそもが、相手に勝つ事よりも自己鍛錬、研鑽に重きを置いているので人に認められる事にはこだわらなくなりがちかと。

 

我が子の発達障害の服薬について、当然悩みたおしましたよ。

f:id:shinmaimana:20190616214857p:plain

娘の発達障害の治療として薬を使うべきか否か大いに悩みなしたって話です。

専門医に相談しても、発達障害そのもの、つまり発達障害の子の脳を発達させる薬は無いんですよね。

あるのは落ち着いていられるようになるための薬だとか、周囲の環境に適応出来るようにするための手助けになる薬だけとの事。

それって、いったい何になるっていうんだい、少しばかりおりこうさんに教室にいられるようになって、結果、没個性的な子にするのが良い事なのか?

 で、マスプロダクション的な大量生産の目立たない子にする事が良い事なのか?

標準的な人間を想定した時、コンピューターの進歩によって、画一的な行動を取れる能力に関しては、自動化や統計的処理に勝つことは難しいでしょうとされています。

とても没個性的な優等生がベストとは私には思えませんのでさんざん考えて悩みましたよ。

shinmaimana.hatenablog.com

shinmaimana.hatenablog.com

上記事の成毛眞氏の著書では発達障害の矯正は可能ならしない方が良いと記載されていました。

多動性、衝動性、過集中いずれも娘に見られる特性ですが、これらの特性を服薬によって多少緩和させて周囲と協調できるように支援するくらいが丁度いいのかな。

とさんざん悩み倒した結果思った次第でした。

学校単位で異端の娘に対して、つまはじき的な対応がされている状態で、学校に行きたくないのは当然です、価値観が周りの子と違うのですから楽しいわけが有りません。

 

で、結論ですが、初めにも書いた通り、発達障害の子の脳を発達させる薬は無いのです。薬は本人にとって負担少なく周囲と少しだけ協調できるようにするあくまで補助

 多動性、衝動性、過集中これらは周囲になじむ邪魔にもなれば将来的にみた場合この特性が助けとなる事も少なからず有ろうかと思います。

なら、1か0かの考え方ではなく、医師に相談しながら『少し落ち着けたら良いね』程度の感覚で服薬はするが、それでどうこうというのではなく、特性を見極めたうえで得意な事を認めて伸ばしてあげられるように気を付けて、今は出来ることをするようにサポートしています。毎日悩みながら一緒に一歩一歩です。

 

追記的な内容になりますが。

脳の記憶に大きく関係する部位の海馬の成長は6~12歳頃までが最も著しく、特にこの期間は睡眠時間を9時間は取るようにした方が、毎日6時間程の睡眠時間の子供たちの群と比較した際成長が優位であるそうです。

記憶力を可能なら伸ばしたいのは有りますが、やはり睡眠が不足していると少しの事でイライラし易い傾向も見て取れます。薬にばかり頼らない環境適応で出来る事として。

子供にとってはやっぱり睡眠は大事ですね。栄養面と合わせて気を付けているところです。

 

我が子には『いい子』より『よい子』に育って欲しいと願います

家æ, å­ä¾, ç¶, æ¯, ãã¼ã, 太é½, ãµã³ã»ãã, 女æ§, æµ·, æ³¢

『いい子』この言葉が、私はあまり好きではありません。

『いい子にしなさい』、『いい子にできてえらかったね』なんてかんじで使われる印象を私は持っていますがどうでしょうか?明らかに主体が子供に無いように思います。

要するに『大人にとって都合のいい子』って言葉な気がするんですよね。

おとなしく危ない事はせずに、みんなと同じことを同じように叱られないようにすることを目的に没個性的に育つとよろしいよ、という意味なのかと。

『いい子』は今、その時の管理はしやすいのでしょうが、長期的にみて、次世代を担う人材に育つ気がしませんよね。端的に言えば常に指示待ちな『かまってちゃん』の方向に育ちそうな気がするのです。

 子供に対しての声がけ気を使いますよね。の

shinmaimana.hatenablog.com

 

対して

『よい子』ですが

漫画の【うらみちお兄さん】 久世岳著 で言ってましたが。

『よいパンチをかくしもったつよい子』の略がうらみちお兄さんの言うところの『よい子』なのだそうです。

これ、子供に、とがった個性とそれに付随する自己効力感を持った強い子になってねって言ってるように思えて好感が持てます。

何よりこちらは主体が子供に有るように思うのですよ。

 

ちょっとの表現の違いかもしれませんが、声をかける側の意識の違いは現れてくると思うのですよ。些細な事かもしれないですが。

 

 この【うらみちお兄さん】 久世岳著ですがなかなか面白いのですよ。

shinmaimana.hatenablog.com

 結論ですが、『いい子』、『よい子』の言葉の問題ではなく。

プラスの言葉にせよマイナスの言葉にせよかける際の主体を大切にしたいなという話でした。

大人の都合主体の声がけにならないように気を付けて、あくまで子供主体の、成長につなげられるような声がけが出来たらと思う次第でした。

 

『うらみちおにいさん』を読んで唐突に発症当時を振り返ったり

è³, çç, ã¹ãã­ã¼ã¯, å»ç, ãã«ã¹ã±ã¢, ç¥çµå­¦, çã¿, å¿çå­¦

『うらみちおにいさん』って漫画があるんですがね。

『「あきらめたらそこで試合終了ですよ」って安西先生も言ってたじゃないですか!』に対して『あきらめても終わらせてもらえない試合もあるんだよ、人生とか』という、うらみちおにいさんの切り返しに不覚にも大笑いしてしまった。

で、その後で少し考えた。

いやあ、サクッとあきらめて終わらせてもらえるならどれほどありがたいかと思ったりしますよね(残念ながら?当時、多少の反骨精神の持ち合わせは私にも有ったようでした)。

30代前半で半身が麻痺した身としては、それまでに積み上げてきたものはアッサリ一瞬で取り上げられたうえで人生の難易度は一気にベリーハードまで上げられてるんですから、ホント無理ゲーですよ。

今倒れた当時(8年程前)の事を思い出すと逆に何であきらめてしまおうと思わなかったのか不思議に思ったりします。

意外に当時は、絶望やらあきらめとかマイナスの思考はしていなかったんですよ。

逆にやる気だけは妙に有りました、周りの心配をよそに、根拠もなく「負ける気がしねえなあ」とか思っていたような。

今になって、振り返って冷静に当時を振り返ると絶望的って言っていい状況だったな~なんてのんきに考えてみてたりします。

『神は乗り越えられない試練は与えない』って言葉がありますが、あれって正確にはヤバい状況の時には深く考える余裕を与えないって事なのかなと勝手に思ってみたり。

生存のために必要な機能を最優先して最適化した状況下では、体が何とか生きようと、恒常性(ホメオスターシス)働かせていたんですね。

要らん事を考えている余裕は与えられていなかったのでしょう。

人間良く出来ているものです。

 

作業活動も利用者さんに治療的意味を理解してもらわないと生活範囲を制限しかねない?

Handmade, crafts workshop, art fair and festival poster

持ち帰って作業活動を自宅でもやりたいと希望される利用者さんは作業療法士を長くやっていますと何度か経験しました。

認知機能の維持向上に貢献できるならと基本的には提供しています。

活動量が低下した状態では刺激の入力も低下し、認知機能の低下をまねきかねないからです。

 ここで、まれにですが作業活動自体に多少過剰にのめり込む方も少数ですが経験しました。

自分の作品がほめられる事で他者認証欲求が満たされる等を繰り返し、他者認証欲求が満たされ易い傾向にある活動だけを行いたがるという事につながるのです。

生活場面にこれを当てはめて考えてみると分かりやすいですが、上手く出来て人からほめられやすい事ばかりを好んで行って、自室からあまり出なくなるなどですね。

レアケースではありますが、特に高齢者の場合、生活場面での活動量の極端な低下は身体機能の低下に直結し易いですので慎重にならざるをえないところです。

対処法も時間制限を強制的にかけさせてもらうことでブレーキはかけられます。

 自分が提供した作業活動に利用者さんが、のめりこみすぎたせいで、歩くのが以前よりも大変になった等の結果になっては、悔やみきれないですからね。

↓活動負荷に関しては、外仕事についてもよろしければ。

shinmaimana.hatenablog.com

 もちろん、作業活動自体は身体機能的にも認知機能的にも維持、向上につながり非常に良いのです。今回書いたのは、セラピストは利用者さん自身を見ますが、利用者さんは自身の作品のクオリティーを追求して、そこに治療的な意義を理解されてはいない場合も多いので、のめり込みすぎもまれにあります。

 

セラピストと利用者さん間での作業目的の共有が出来ていないと、作業の治療的効果を損ないかねないって事です。